宮大工
読み:みやだいく
別名:堂宮大工
宮大工とは、お寺や神社、おみこしなど、日本古来の木造建築を手がける大工の事です。材料は大きく高価な木材が多く、新築工事だけではなく貴重な文化財の解体修理も受け持つ、責任の重い仕事です。
文化財保存のために活躍
宮大工は国宝や重要文化財になっている古い建物の修理や、寺社の建設を手掛ける専門的な技術をもった大工のことです。伝統的な建築物の屋根や柱、梁〔はり〕などは複雑な形や曲線が多く、高度な技術が必要です。その技術は文化財保存のために必要な技術として国から「選定保存技術」に指定されています。
宮大工のほとんどは「渡り大工」と言われ、ひとつの地域に留まって大工仕事をするのではなく、各地の文化財を渡り歩いて修理をします。かつて宮大工は全国に数100人いましたが、現在では高齢化も進み、50人前後に減少してしまいました。その対策として「伝統建築」を学校教育に取り入れるなど、後継者の育成を試みていますが、厳しい修行の中で技術を伝承しようという若者が少ない事が現状です。
宮大工の祖先は僧侶
日本の宮大工の歴史は飛鳥時代に朝鮮から来た慧滋〔えじ〕と慧聡〔えそう〕という僧侶が飛鳥寺を建てた事に始まります。これと同時期に聖徳太子も朝鮮から来たこの二人の僧侶から教えを受け、法隆寺などに代表する歴史的建造物を建立したと言われています。今でも宮大工の間では聖徳太子は神様として拝まれています。このように昔は僧侶が自身の寺社の建築や修理にたずさわり、宮大工の仕事をしているケースが多かったようです。
日本の風土に合わせた知恵
伝統的な日本の建造物は、昔から日本の風土に合った構造で建てられています。
日本は世界的に見ても地震大国です。したがって日本の建造物.には地震の揺れに耐え得る工夫が施されています。昔の宮大工は、釘をほとんど使わずに建物を建てていました。これは木に釘を打ち付けるよりも木を組み合わせた方が、地震などの自然災害に耐え得る耐震性をもっていたからです。また、「礎石〔そせき〕」という石を建造物の土台にしてその上に柱を立てていましたす。こうすることによって地震の揺れに対する反発を抑え建物の崩壊を防ぐ事ができます。また地面から木材に湿気が吸い上がるのを防ぎ、木材を腐りにくくする工夫でもあります。
この他にも屋根や軒の曲線の美しさをもつ伝統的な建造物は、宮大工の多くの知恵によって建てられています。先人の知恵と工夫で発展してきた木造建築の技術は、現在よりも昔の方がずっと優れていました。現在では道具の進歩などで昔に比べると作業効率がよくなりましたが、昔のように知恵を使う機会が少なくなってしまいました。この事が現在の宮大工の技術の退化の原因であると考えられています。