和歌・短歌
読み方:わか・たんか
和歌とは、日本に古くから伝わる詩の形式です。
古くは短歌、長歌〔ちょうか〕、旋頭歌〔せどうか〕など数種類ありましたが、平安時代以降、事実上短歌のみとなりました。
短歌は、五・七・五・七・七といったリズムをもった短い叙情詩〔じょじょうし〕(※)の事を指します。
大変自由な詞で、唯一のルールは五句三十一音の定型で作る事だけです。
また、31音で構成されているので、「三十一〔みそひと〕文字」とも言われます。
※叙情詩・・・作者の感情や情緒を表現した詩の事。
日本人に愛されつづけている詩
万葉の時代から日本の人々に愛されてきた叙情詩である短歌は、その内容も作者の自由です。
恋の歌・日常生活の描写・社会問題・子供の成長・物語や幻想まで、どんなテーマでも受け入れられます。
それが現在まで長い年月を超えて根強い人気を集めている魅力の一つです。
また、天皇や武士、高貴な人々、有名な歌人が死への旅路を前にして詠んだ歌の事を「辞世の句」と言います。
志半ばで倒れた人、人生を豊かに全うした人、それぞれの人たちが、その人生の終わりにたった一つだけ詠んだもので、後に残す者たちのために詠われた惜別歌〔せきべつか〕でもあり、自分自身の人生の幕を引くために詠われたものでもあります。
このように短歌は、長い年月を超えて現代まで、人々の生活に密着し、愛されてきました。
万葉集の時代から現代まで
短歌はすでに七世紀の半ば頃から、日本の詩の形として完成しました。
770〜780年頃に大伴家持〔おおとものやかもち〕によって編集された「万葉集」は、日本最古の歌集として、また短歌の原点としても有名です。
「万葉集」には当時の天皇から柿本人麻呂〔かきのもとのひとまろ〕・山上憶良〔やまのうえのおくら〕といった歌人、そして庶民までの約4500もの歌が収められています。
平安時代には、日本最初の勅撰和歌集〔ちょくせんわかしゅう〕(※)である「古今集〔こきんしゅう〕」、鎌倉時代には「新古今和歌集」が編集され短歌の文化は頂点を極めました。
その後、戦国・江戸時代を経て明治まで短歌の文化は衰えることなく継承され、明治から戦前にかけては、正岡子規〔まさおかしき〕・与謝野晶子〔よさのあきこ〕といった優れた歌人達が登場し数々の名作を残しています。
現在でも短歌は、根強い人気を保っており、「サラダ記念日」で有名な俵万智〔たわらまち〕などの歌人が活躍しています。
※勅撰和歌集・・・天皇の勅命によって編集された歌集。「古今集」は醍醐天皇朝(905年)の勅命によって編集されました。
趣を表現する為に
五句三十一音といった限られた字数の中で、作者の心情や深い趣〔おもむき〕を出す為に、枕詞〔まくらことば〕(※1)や掛詞〔かけことば〕(※2)といった技法を巧みに用いるのも短歌の特徴の一つです。
※1.枕詞・・・特定の語句に対して、修飾・句調を整える語句の事。
ex.「たらちねの〜母」
たらちねの 母が呼ぶ名を 申さめど 道行く人を 誰れと知りてか
(作者未詳・『万葉集』巻十二 3102)
ex.「あしひきの〜山」
あしひきの 山の紅葉に しづくあひて 散らむ山道を 君が越えまく
(大伴家持・『万葉集』巻十九 4225)
※2.掛詞・・・同音異義を利用して、一語に二つ以上の意味を持たせたもの。
ex.「待つ」と「松」との意にかける。
■参考文献・ウェブサイト
- 犬養廉、井上宗雄、大久保正、小野寛、田中裕、橋本不美男、藤平春男編『和歌大事典』明治書院 1986
- 『礼子式部日記〜国語のマンガ教材&働く女性の行生き方』2000(2004.8.9)